昌蔵寺文書

目録種別
古文書(資料群)
資料群番号
B0006
資料群名
昌蔵寺文書
地域(近世,行政村,現在)
吉田郡室村,松岡村室,永平寺町松岡芝原(松岡町)
資料の年代
1505年(永正2)~1882年(明治15)
資料目録件数
 
組織歴および履歴
室村は九頭竜川中流左岸に位置する。近世初期は芝原江上村のうち。1645年(正保2)松岡藩の成立による館建設の過程で、芝原江上村は、松岡八町と室・椚・窪の三村に解体された。松岡八町の1つ室町に昌蔵寺があった。1721年(享保6)松岡藩は廃藩となり、26年(同11)家中の福井引越が始まり、室町は室村に吸収された。
昌蔵寺は浄土真宗本願寺派。はじめ下吉野村の道場であった。1591年(天正19)の超勝寺末寺帳に見える「賢乗」(当寺6世)に、1608年(慶長13)超勝寺末徳善寺の寺号が下付されたが、95年(元禄8)門徒内に争論が起こり、福井藩の命によって廃寺となった。その後、松岡にあった徳善寺末道場の住職であった正慶は、医術をもって松岡藩に仕えていたので、その功によって1716年(享保1)現在地にて再興を許され、廃寺となっていた天台宗寺院の浮寺号、昌蔵寺を名乗った。
資料群の概要
資料編掲載資料は、近世初期以前の資料であり、なかには昌蔵寺あてで直接当寺に関係ないものもあるが、1505年(永正2)「窪吉久寄進状」の乗祐導場は当寺の先祖であり、また1607年(慶長12)「徳善寺門徒連判申状」は近世初期における徳善寺と総門徒の関係を示すもので、再興以前の関係資料も伝存している。
書簡は約100通あり、寺再興の経緯が知られるもあるが、大半は本願寺からのもので、その内容は寺格に関するものや懇志の礼状などである。このほか1704年(宝永1)-1882年(明治15)の売券類約70点がある。
否撮カードは「国中御高村名控」、1874年「記録」の2点。
利用条件
 
県史収載
資料編4 P.32-39 14点、通史編2 P.758、通史編3 P.25
県史以外の収載
 
複製本番号
B0018~B0020
備考
 
利用上の注記(原本閲覧)
原本の閲覧はできません。
利用上の注記(二次利用)
文書館に事前にお問い合わせください。