高田富文書

目録種別
古文書(資料群)
資料群番号
A0502
資料群名
高田富文書
地域(近世,行政村,現在)
福井市城東
資料の年代
1931年(昭和6)~1937年(昭和12)
資料目録件数
 
組織歴および履歴
本資料群は、だるま屋少女歌劇に出演していた高田富氏(芸名霞浦子、1918-2006年)が収集したプログラムとブロマイドを中心とする資料である。
だるま屋は1928年(昭和3)7月、福井駅前の県庁跡地に開店した県内初の百貨店である。木造2階建てではあったが、食堂部(72坪)、噴水・小動物園・探照灯(サーチライト)などがある屋上庭園、ホール(87坪)を備え、平屋の市内小売り業者のための貸店舗「マーケット」を併設していた。
経営者は、教員、県嘱託(社会改良主事)、福井商業会議所書記長、県会議員等を歴任していた坪川信一(1887-1962)であり、県庁跡地の中央部分600坪の購入を引きうけた熊谷三太郎から自ら土地と経営資金を借り受けて開いたものであった。
坪川の経歴にくわえて経営陣のほとんどが教員出身者という「異色」の百貨店であったにもかかわらず、だるま屋は開店当初から黒字を計上した。施設面では翌年7月には3階新食堂と屋上を増築、31年1月には旋回すべり台、エスカレーター、「鏡の間」などの遊具や施設をもつ二階建ての別館「コドモの国」が開館(翌年11月から売場に変更し東館と改称)、38年には4階建ての本館が完成し、店舗はあわせて3棟となった(『福井新聞』1929.7.2、31.1.1、32.11.1)。
店員数も当初の57名から開店翌日には20名を臨時募集し、28年末には123名、30年には202名、35年には380名と拡張され、買物客も35年で年間約216万人、一日平均5800人を数えた(「感激の記録」藤田村雨『だるま屋百貨店主坪川信一の偉業』付録)。
だるま屋少女歌劇は、別館「コドモの国」がオープンした際に、その専属としておかれたもので、31年4月に尋常小学校卒以上の少女12名(第1期生)を採用、7月に第2期生10名を加えて11月1日に第1回公演が行われた。この少女歌劇には第5期生まで約30名が在籍し、月ごとにプログラムをかえながら(8月は休演)継続して公演を行った。
36年7月、百貨店に興行場を設置することを禁止した内務省の指示によって、公演中止を余儀なくされた。これ以後は歩兵第三六連隊への慰問などの出張公演を中心とする不定期な活動は行われたが、この7月公演が事実上の終焉となった。
2007年6月当館寄贈。
資料群の概要
プログラムを掲載した『少女歌劇タイムス』が、初演の1931年(昭和6)11月からだるま屋で最終公演となった36年7月まで(32年10月、34年4月は欠、手書き資料はあり)の51点がある。なお、『少女歌劇タイムス』には34年10月から批評・感想欄が設けられ、単なるプログラムではなく批評誌としての性格ももっていた。
ほかに少女歌劇が出演した出張公演のプログラム3点、だるま屋のちらしがある。
なお複製は、福井市史編さん室によって1993年に行われたマイクロフィルムと、2003年に当館によって行われたデジタルカラー撮影があり、資料の状態を考慮して同一資料ではあるが、新たな文書番号が与えられている。
利用条件
 
県史収載
 
県史以外の収載
 
複製本番号
A2624~A2625、A3096~A3098、A3223~A3228
備考
 
利用上の注記(原本閲覧)
文書館に事前にお問い合わせください。
利用上の注記(二次利用)
文書館に事前にお問い合わせください。