福井県立図書館(森家旧蔵)文書

目録種別
古文書(資料群)
資料群番号
A0142
資料群名
福井県立図書館(森家旧蔵)文書
地域(近世,行政村,現在)
坂井郡細呂木村,細呂木村細呂木,あわら市細呂木(金津町)
資料の年代
1598年(慶長3)~1891年(明治24)
資料目録件数
 
組織歴および履歴
細呂木村は、古くは今道村と呼ばれ、北潟湖の東岸、細呂木川が北潟湖に流れこむ地点に位置し、江戸時代を通して福井藩領である。当村は、江戸時代には北陸道の宿駅に定められ、南の金津宿まで1里24町余、北の加賀国境までは23町余であり、17匹の役馬を常備していた。国境であるため、口留番所が置かれた。当村高652石余のうち、326石余分の夫米や糠藁代が免除された。1795年(寛政7)の家数は73軒、うち高持は35軒である。この年の持高の最高は60石で、以下40石・35石・30石と5石ずつ減り、最低は5石である。これは、86年(天明6)と87年に畠方・田方くじ替えが行われていることと関連があると考えられる。
森家は当宿の本陣と問屋役をつとめ、屋号を新屋と称した。また、庄屋役を務めることもあった。当家の藤右衛門が問屋役をつとめるようになったのは、1697年(元禄10)問屋株を買い取ったことに始まった。問屋役は、1734年(享保19)までは当村の有力な百姓5・6人の者がつとめていたが、この年から新屋藤右衛門と角屋五右衛門が問屋役をつとめるようになり、月の前半15日を五右衛門、後半15日を藤右衛門が受け持つことになった。森家旧蔵資料のうち、みくに龍翔館所蔵分はC0055みくに龍翔館(森家旧蔵)を参照されたい。
資料群の概要
当家の資料は、1598年(慶長3)の今道村太閤検地帳を初出とし、約1750点を数える。近世資料は、宿場・交通関係と村方関係に大きく分けられる。村方関係では、(1)年貢関係、(2)諸色盛帳・人足帳、(3)用水・溜池関係、(4)御救願、拝借米願、(5)質物・借用証文、(6)山論関係、(7)村役関係、(8)非常講関係、などがある。いっぽう、宿場・交通関係では、(1)加賀藩前田氏や幕府巡見使の宿泊・休憩や遊行上人や福井藩主巡覧に関するもの、(2)宿場における人馬継立や荷物取扱いに関するもの、(3)宿場に出された法令、(4)問屋役に関するもの、(5)日記・用留類、などに分けられる。その他として、吉崎山上争論、兼帯所の奉加金、蓮如遠忌や婚礼・耕作に関するものなどがある。明治期の資料には、駅逓役所達や陸運会社などの交通関係や細呂木村会議案などがある。
このうち、宿場・交通関係の(2)に関するものに特色があり、これには川船業者との争いに関するもの、抜け荷に関するもの、宿益となる大番荷物を崩して運ぶ担荷業者との争いに関するもの、絵符に関するもの、加州金沢三度・大聖寺三度・富山三度と呼ばれる飛脚荷物の駄賃や筆墨料に関するものなどがある。これらは、細呂木宿のみならず、越前国内の宿駅全体に関わるものを含んでおり、(3)の法令と合わせて国内の宿駅・交通全般をとらえるのに重要なものである。
調査は2度にわたって行われ、最初の調査では140点の資料を撮影している。さらに2回目では調査点数は約1650点を数え、うち約1550点を撮影している。しかし、最初の撮影資料を重複して撮影しているものが約80点ある。このため、当家の調査資料数は約1750点、うち約1600点を撮影したことになる。
利用条件
 
県史収載
資料編4 P.577-611 23点、通史編3 P.578・P.587・P.597・P.599-602・P.605・P.607・P.609、通史編4 P.400・P.580・P.903・P.909
県史以外の収載
『坂井郡古文書目録』 『福井県古文書所在調査報告書』 『金津町史』
複製本番号
 
備考
資料番号00420は欠番。
利用上の注記(原本閲覧)
原本の閲覧はできません。
利用上の注記(二次利用)
文書館に事前にお問い合わせください。