加藤九左衛門家文書

目録種別
古文書(資料群)
資料群番号
A0057
資料群名
加藤九左衛門家文書
地域(近世,行政村,現在)
吉田郡鷲塚村,河合村河合鷲塚,福井市川合鷲塚町
資料の年代
1687年(貞享4)~1886年(明治19)
資料目録件数
 
組織歴および履歴
鷲塚村は日野川との合流点に近い九頭竜川右岸近くに位置する。江戸時代の公称は鷲塚村だが、坂井郡の鷲塚村が近いことから河合鷲塚村と称した。江戸時代を通じて福井藩領で2036石余。当村は大村であったため、東組・西組に分かれ、それぞれに庄屋が1人ずつおかれたが、当家は東組の庄屋であった。明治初期には戸長、副戸長を務めている。
資料群の概要
調査・撮影した文書は長帳・冊子が多く、撮影総点数199のうち長帳63点、冊子21点を占める。(1)宗旨人別帳、馬・捨子・鉄砲・家数等の改・吟味の覚、五人組帳や在々条目、建家による伐木願書など村の通常の地方文書、(2)川除銀取立本通、川除掛盛帳、や六日市村等との悪水処理に関する争論関係など九頭竜川をめぐる文書、(3)物成銀米納方通、年貢免状、個人の物成米通、高人別・村盛帳や小物成取立・村算用等の覚、検見関係、水害による作難下行等を求める願書など年貢負担をめぐる文書に大別される。
なかでも(3)の1833年(天保4)-44年(弘化1)の一連のものは、1年ごとに関係文書がひとくくりにしてあったもので、不明な点の多い福井藩の年貢徴収の実態をさぐる好資料である。また、同じく(3)の検見関係で、「覚(大検見様御昼休御宿改ニ付覚)」や「大検見様緒人足割方帳」は最終的に物成額を確定する大検見に奉行以下35,6人が見分に訪れたり、雇人など多くの人が動員されたことを記録している。「御代官様江年々無毛作難長指上覚」は1822年(文政5)-37年(天保8)の無毛・無毛同事・大痛の田地面積が記録され、毎年の検見にあたって当村が差出したもので、引高や下行米を決める参考としたものである。
近代は針原小学校支出費用計算書、川合鷲塚村村費予算書(1886年度)など数点のみである。
否撮カードはない。
利用条件
 
県史収載
通史編3 P.336、資料編3 P.607-632 13点
県史以外の収載
 
複製本番号
A0374~A0386
備考
 
利用上の注記(原本閲覧)
原本の閲覧はできません。
利用上の注記(二次利用)
文書館に事前にお問い合わせください。