大安寺文書

目録種別
古文書(資料群)
資料群番号
A0036
資料群名
大安寺文書
地域(近世,行政村,現在)
坂井郡田谷村,大安寺村田ノ谷,福井市田ノ谷町
資料の年代
1333年(正慶2)~1914年(大正3)
資料目録件数
 
組織歴および履歴
田谷村は九頭竜川と日野川の合流域、丹生山地の北東山麓に位置する楢原郷4か村のうちの1村である。江戸時代は福井藩領、村高ははじめ377石余であったが、「元禄郷帳」以降267石余となっており、残りは枝村の北楢原村分となったと思われる。
大安寺は当村西方山谷にある臨済宗妙心寺派の寺院で、福井藩主松平光通の発願により1655年(明暦1)に創建され、大愚を開山として万松山大安禅寺と称した。1660年(万治3)に寺領300石が寄進され、光通の死後その菩提寺となった。
当寺所蔵文書のなかには安居弘祥寺関係文書や一王寺関係文書も含まれている。弘祥寺は、旧東安居村にあった臨済宗寺院で、1342年(康永1)朝倉高景が創建し、歴代朝倉氏の保護をうけていた。明治初年大安寺に併合され、文書も移管された。一王寺は大安寺山越えの現在の福井市一王寺町にあった真言宗寺院であるが、江戸時代中期以降大安寺の支配下にはいり、完全に廃寺になると文書も大安寺に移管された。
資料群の概要
大安寺文書は、約120点が撮影され、1333年(元弘3)の「(後醍醐天皇綸旨)」を初出とする。これは、田谷という地名の由来ともなった田谷寺(往古泰澄の開基と伝えられる)が河南下郷を領していたことを示している。田谷寺は江戸初期に廃寺となり、のち寺跡に大安寺が創建された。
近世のものは(1)松平家の朱印状・判物類、(2)門前百姓の請山・年貢関係、(3)紙漉きや大安寺支配の大工関係文書、(4)冊子類に大別できる。
(1)では、松平光通・綱昌・昌親の大安寺へあてた書状、光通による山林の寄進状や田畠寄進目録・大安寺寺領判物、綱昌の山林安堵状などがある。(2)では、山方条目や請作証文、年貢用捨願、検見に関する願書類などがある。(3)には、田谷で漉いた紙を町方で販売できるようとの願書類や、門前百姓の木挽差止め証文などがある。(4)は大安寺由緒や寺領物成米勘定目録などである。
当寺は、ほかに、弘祥寺・一王寺関係文書も所蔵している。これらは江戸中期から明治初年に大安寺に移管されたものである。両寺の由緒書類のほか、一王寺への朝倉義景書状や朝倉孝景の安堵状、弘祥寺への松平光通・綱昌・昌親の朱印状などが撮影されている。
調査に先立って、京都大学国史研究室の『坂井郡古文書目録』によってカードを作成していたようで、否撮カード約180点のうち、日記・記録類、宗旨改め・寺送り証文・往来手形など檀家関係、借用証文類、年貢関係など約100点は原文書が確認されているが、残りの約80点は見つからなかったようである。
利用条件
 
県史収載
資料編3 P.691-714 37点、通史編2 P.799、通史編3 P.802
県史以外の収載
『坂井郡古文書目録』 『越前若狭古文書選』
複製本番号
A0226~A0233
備考
 
利用上の注記(原本閲覧)
原本の閲覧はできません。
利用上の注記(二次利用)
文書館に事前にお問い合わせください。