児玉平兵衛家文書

目録種別
古文書(資料群)
資料群番号
X0152
資料群名
児玉平兵衛家文書
地域(近世,行政村,現在)
福井城下
資料の年代
1857年(安政4)~1873年(明治9)
資料目録件数
 
組織歴および履歴
児玉平兵衛は、福井藩士で18石3人扶持(「剥札」松平文庫、福井県文書館資料叢書11『福井藩士履歴3』に翻刻あり)。1806年(文化3)、父の代に小算(10石3人扶持)として召し出され、平兵衛の代では嘉永年間に「御内用」のためにたびたび京都や信州、大坂へ出張し、御徒目付、同頭取として活躍した。
これによって足宛行は5石にのぼり、1856年(安政3)11月には御徒目付から士分に取り立てられた(「新番格以下」松平文庫)。
しかし、翌年5月になると泉州堺で資金調達を行った一件に関連し、実際には調達が不調に終わったにもかかわらず、国元で金策した資金を堺から借用したように取り繕ったことが「不届至極」であるとして「侍御削」、城下立退の処分を受けた『福井藩士履歴3』)。
遺書はこの際に親類、お竹(妻か)、子どもに宛てたものである。詳細はわからないが、遺書からは「京阪御内用」1500両の調達をめぐってトラブルがあったことが推測され、堺の商人として遺書中に名が挙げられてる具足屋は、1856年前後に国産会所を勤めた堺市之町中浜の具足屋半次郎と関係すると考えられる(「御記録方」11、松平文庫)。
またこの事件では、同時に牧本文五郎(12石3人扶持)が同じ理由で扶持を召し放たれ、城下立退の処分を受けていた(「新番格以下」松平文庫)。双方とも「御為筋之存念」で行ったことが斟酌され、子息がそれぞれ御徒・小算を仰せ付けられていた。
2015年3月、寄贈。
資料群の概要
寄贈・撮影資料は、1876年(明治9)に作成された児玉家先祖等の戒名と命日を記録した「児玉家代々法号」と、1857年(安政4)の当主児玉平兵衛知義の遺書の2点である。
未撮影の資料はない。
利用条件
 
県史収載
 
県史以外の収載
 
複製本番号
X2944
備考
 
利用上の注記(原本閲覧)
文書館に事前にお問い合わせください。
利用上の注記(二次利用)
文書館に事前にお問い合わせください。