坂井郡三国では天保元年に、平野屋新右衛門・鋳師加兵衛等の名が三国鋳物師の元締としてみられ、釜や鍋を川舟に積んで日野川を遡り白鬼女の渡しに陸揚げして売り広めた(『三国町史』)。新保の道実島に浅田(平野屋)新右衛門の吹屋があり、嘉永元年、江戸西洋流大砲鋳物師安五郎の指示で二五寸「モルチール」等の大砲を鋳造した(『奉答記事』)。